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◇
薄暗い教室で机にぺたりと頬をつけ目を瞑ると、漏れ聞こえる美月の綿飴のような甘ったるい笑い声が耳の奥に入り込んでくる。
それは私の心の中に擦り傷を作り、滲み始めた血はじくじくといつまでも癒えない。
時々二人の会話が途切れ、椅子や机の軋む音がすると、頭の中が妄想に蝕まれていくように感じる。
美月は私を渡り廊下の先にある美術室に連れて行くと、ここで待っていてと自分だけ隣の準備室へと消えて行った。
そこには美月に捕らわれた哀れな美術教師が待っている。もう何度目だろう。こうして美月を待ちながら二人の声を耳にするのは。
桐嶋だけじゃない。美月の潤んだ目や囁く声にみんなあっという間に夢中になる。でも相手が完全に心を許したところで、美月はまるで人形のような心のない目をして、冷たく切り捨てる。可哀想な獲物達……。
美月の獲物はいつも私の視線の先にある。分かっていながら恋する目をして私は次の獲物を眺める。美月を物欲しそうに眺めている人を。
ガラリと教室の扉が開く音がして、桐嶋が名残惜しそうに帰っていくと、美月は私の元に戻ってくる。
「もう良いの?」
「待たせてごめんね、環ちゃん」
そう言いながら、美月は私の首に腕を巻き付ける。不思議だ、これまでは美月とは違う匂いがまだしたのに、桐嶋はいつも香りを残さない。
「いつもの事でしょ。ねえ、まだ桐嶋先生の事飽きないの?」
前なら、美月は返事の代わりに満足そうな笑みを浮かべて、グロスが取れてもなお桜色に艶めく唇を私の耳に這わせて囁いたのに。
――――「私達の間には秘密はないよね。どんな事していたか知りたい?」と。
でも最近美月は何も言わずに、ただ私を少し強く抱きしめるだけだ。
「ねえ、環ちゃん。本当の愛ってあるのかな」
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