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「だから、無理です!!」
そう叫びながら、川神智花は目の前の男に掴まれている腕を勢い良く振りほどいた。
そして、男の言葉も聞かずに脱兎の如くその場から駆け出す。
何やら後方で叫んでいる声が聞こえるが、智花は一刻も早く安全地帯に逃げこもうと必死だった。
距離にして200mぐらい走っただろうか。
見慣れた古いアパートのアーチ(と言っていいかどうか)を潜ると一直線に目当てのドアへと向かう。
バタン!と勢い良く扉を閉めると、直ぐさま鍵とチェーンロックを掛ける。
それを確認してから、ようやく智花は息を吐きだした。
「何だって言うのよぉ。もーやだ...」
ズルズルと玄関先に座込み、智花は誰もいないワンルームの部屋で呟いた。
息は苦しいのに、どこからか込み上げてくる言いようのない思いに涙腺が緩み、嗚咽が溢れる。
キッカケは何だったのか。
いつの頃からか先程の男によるストーカー行為が始まった。
初めは「よく会うな」ぐらいの認識だったのが、その行為は徐々にエスカレートしていった。
無言電話に悪戯メール、付きまといは当たり前になっていた。
ポストには毎日手紙が入っており、内容も日を追うごとに過激になっていく。
最近では、手紙の中で智花と男は恋人同士になっていた。
「くっ、はっ」
口を手で覆い、智花は苦しみを吐き出すように泣く。
ここのところは眠る事さえできず、心身共に疲れ果てていた。
ピルルル、部屋に響く機械音に智花の体が震える。
パーカーのポケットに入っていた携帯を恐る恐る取り出すと、見知らぬ番号からの着信。
「もぉー、止めてよ!!」
智花は鳴り続ける携帯を部屋に投げ捨てると、両耳を手で抑えて叫んだ。
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