カミナリ

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 眠い目をこすりながら、奏は一限のある講義室へ入った。いつも自分が座る席に荷物を下ろして一息つく。周囲の喧騒が奏の世界に聞こえてくるのはそれからだ。  講義室の一画に、集団ができている。その中心には、一人の男の子――近藤 湊(みなと)。それほど不真面目でも真面目でもない位置で、クラスの中ではあまり目立たないタイプの人間。周囲の人間は総じてげらげらと笑い合っているのに、彼だけが何だかやりきれない表情を浮かべている。  座席につきながら、奏は隣の席で本を読んでいた樹(いつき)に笑いかけた。 「おはよ、樹。ねえ、あれって何かしたの?」  樹は、顔をあげて「おはよう」とのんびり答えた。少しぼんやりしているように見えるのは、読書に集中していたからだろう。樹の大きな黒目が奏から後方に移った。奏と同じように騒がしい集団を認識したのだろう。「ああ」と気の抜けたような声を出して頷いた。 「近藤くんが、昨日、電柱に白い女の子がいるのを見たんだって」 「白い女の子?」 「うん。バカバカしい。雷雨の日なんかに外に出てるから、変な物でも見間違えたんだよきっと」  ふうん、と相槌を打って、奏は樹からもう一度集団に視線を移した。湊の顔は真剣そのもので、どう見ても嘘をついているようには見えない。笑っているのは周囲ばかりだったが、やがて湊の顔が引きつったように笑った。    ――ああ、彼は負けたんだ。妥協することに決めたのだ。何だかいたたまれなくなって、敗北した青年の姿をそれ以上見ていられなかった。 「奏」  淡々とした樹の声は、その裏側に奏をいさめる響きを持っていた。 「ああいうのに関わっちゃダメだよ。面倒だから」  うん、と生返事しながら、奏はちろりと湊たちを見やる。近藤湊。不思議系にキャラ路線を変更したのでない限り、聞いた話しが確かである限り、今日の言動は彼らしからぬものだ。
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