カミナリ

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 講義はほとんど奏の頭に入らなかった。教授の喋る言葉は、奏が理解する前に頭から消えてしまう。ただでさえ苦手な科目だが、この日ばかりはまったくわからなかった。  代わりに奏の思考の大半を占めていたのは近藤湊の話。普段はおとなしくて控えめな彼が、どうしておかしなことを言い出したのか。  樹から聞いたところによると、「湊が昨夜の雷雨の時に外出していたら、電柱の上に白い髪の女の子が座っていた」んだそうだ。白い髪の女の子がいるとしたって、電柱の上に座っているという状況は何とも想像しがたい。  ビニール袋が引っかかっているのを見間違えただけだ、とか、タオルが飛ばされたんだ、とか、「白い女の子」よりはいくらかマシな理由が湊をなだめようとしたが、彼はすべてはねつけたらしい。自分が見たのは確かに女の子だった、と。  嘘である、とは考えにくかった。近藤湊は、何よりネタとして嘘をつくタイプではない。そんな茶目っ気があるのかすら疑問な男だ。罰ゲームという線も考えてみたが、周囲のからかいようと湊の必死さを見てみると、落差がありすぎるから違うだろう。  そうやって、考え付く限りの可能性を出してみて否定していった時、奏の中には「やはり近藤湊は真実を言っている」「彼はただ見間違って、それを真実と思い込んでいる」というその二つが残った。どちらにしろ、湊自身には大した非がない。  視線だけ動かして、三列前の席にいる湊を盗み見る。今は奏と違って講義を真剣に聞いているようだが、奏は先ほどのやりきれない表情を忘れていなかった。  かわいそう、湊くん。誰にも信じてもらえないで。 「奏」  ふいに樹に名前を呼ばれ、裏返った声で返事をするとプリントがそっと手渡された。 「宿題。何ぼうっとしてるの?」 「あ、ううん、ごめん。あのさ、樹」  理解できない単語が並ぶ宿題プリントを見て、奏は笑顔を引きつらせる。 「後で、宿題教えて」  ため息をつきながら樹は了承する。 「ほんと、ごめんね」  乾いた声で、謝った。    近藤湊、ふざけんな。あんたのせいで講義一回分わかんなかったじゃん。  理不尽な責任転嫁をしながら、奏はとうとう使わなかった筆記用具とレジュメを片づけた。
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