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〈むかしむかし、ご先祖が持っていたという刀のこと〉
農作業が好きな義英は、ニートでありながら母親と共に収入にもならない畑の面倒を見ていた。
クワで土を反し、肥料と混ぜながら別の土と混ぜながら、色々試しながら野菜を作るのが楽しいと感じていた。
毎日水をやり、間引きし、葉の手入れをし愛情を込めて育てた。
野菜だけではない。祖母が生前育てていた花の種を庭に植え、育てたりした。祖母が植え付けた大きな、赤い実の生る木を剪定することもある。
毎日が楽しく、母親が買い物に出ている間もずっと植物に囲まれて、如雨露やスコップを持って微笑んでいた。
そんな義英には、誰にも言えない悩みがあった。
誰にも言えない、というのは嘘になるか。植物には相談していたこともあるが、どうせ応えなんてないからと義英は諦めて話さなくなった。
その悩みというのは、先祖が遺した刀だった。
本当は、昔に家が焼けた時に紛失したものなのだが、義英には見えていた。
母親も、父親も、生きていた時の祖母も、その刀に気付くことはなく、刀を踏みつけている事さえあった。
義英は恐かった。
自分にしか見えないものがそこにあることが、ではない。その刀が刃をむき出しにして血に塗れているからだ。
柄頭から切っ先までが真っ赤で、錆びついている。
刀は移動しており、大抵が義英の近くにいた。
台所で料理していれば足元に、仏間で線香をあげていれば仏壇の前に、風呂に入っていれば脱衣所に。
刀は明らかに義英を追っていた。
気づかぬふりをして前を通り過ぎようとすると、凄まじい殺気を感じる。
義英はそれが恐かった。いつか殺されるのではないかと恐怖に震えていた。
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