6人が本棚に入れています
本棚に追加
ボヤケて見えにくいが、机の脇に一人の子が立っている。
別段驚くこともなく義英は少年か少女か判断しかねる子を撫でる。
輪郭ははっきりせずとも、触れることはできた。
子は静かに泣いていた。
「ごめんなさい」
声は裏返っているが、それは少年のようだった。
「恐がらせる、つもりじゃっ」
しゃくり上げながら頭を下げてくる少年を義英はなおも撫でる。
髪がボサボサになっても撫でつづけた。
今までも守ってもらっていたのだろう。殺気を感じるたび、自分は救われていたのだろう。
「実体化するということは、かなり上級の神だな?」
問いかけたところで少年は応えないけれど、義英は頭を撫でながら言う。
「放っておいて、ごめんなさい」と。
義英は、それから時間があると手入れをするようになった。
野菜を、花を、土を、木を、そして刀を。
神が実体を現したのは初めの一度だけであるけれど、それでも手入れをするたびに感じる。
手元で、彼は笑っているのだと。「くすぐったい」と笑っているのだ。
布で拭けば気持ちよさそうに眠りにつく。
きっと、植物も同じなのだろう、と義英は微笑む。
あの日の翌日、想い余って、義英は農業に飛び込むことにした。
生前祖父の友人だった人が、手伝いに来いと誘ってくれたのだ。
刀の事も、畑の事も、今までとは違った生活だけれど、きっと前よりも生きがいを感じている。
義英は刀を押入れにしまい、布団に飛び込んだ。
殺気を感じても、恐怖は感じなくなった。
ほら、今も刀は戦っている。
ー終ー
最初のコメントを投稿しよう!