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そして、その日は唐突にやってきました。気持ちの整理する暇もなく、決別する時間もなく、その日は唐突にやってきました。引っ越しための準備もだいたいすんできた頃の朝、新聞を読んでいた父親が言いました。
「今日の夜にはこの家を出て行くから、お別れを言っていないのなら言っておきなさい」
まるで雷が脳天に突き落とされた気分でした。今日? 今夜、唐突すぎる提案に私は驚きながはも頷きました。我が儘を言えたでしょう。嫌だと子供のようにただをこねることもできたかもしれませんが私は頷くことしかできませんでした。
最初から決まっていたことですから、そうなんだとうつむいていました。その日は雨でした。朝から雨が降り続いています。その日も私は朝早く学校に登校しました。いえ、家に居たくなかったのかもしれません、家に居れば我が儘を言ってしまいそうだから雨にうたれて火照った身体を冷ましたかったのです。
雨粒が制服を濡らしていきます。可愛いからという理由だけで選んだ制服が濡れていきます。心も身体も冷え切っていくのに涙は流れませんでした。通学路を歩きます。靴下も靴もグチュグチュで気持ち悪いですけれど、そんなのはちっとも気になりません。
『なにやってんの、お前』とドラマような展開だったら篠田先生が傘をさして駆けつけてくれるのかもしれませんが、現実はそんなふうにはなりません。ずぶ濡れのまま高校に行くわけにも行かずに途方もなく町を歩き回っていました。雨はやみません、冷たいです。
まるで、本物のサイボーグになった気分でした。心も身体も冷え切ってしまえばきっと悲しみもなくなるのかもしれません。ロボットになりたいです。
「篠田先生」
「いや、なにやってんの、お前」
と聞き覚えのある声がして、私はそちらを振り返った。そこに居たのは傘をさした篠田先生でした。
「あ、篠田先生」
「あ、篠田先生じゃないの、ずぶ濡れで。あーもーこっち来いよ」
篠田先生が私の手を引いて傘の中へ招き入れます。いきなりの急接近にドキドキしてしまいました。
「あの篠田先生、こんなところで何を」
「そりゃお前を探してたに決まってんだろ。今日、引っ越しなのにいつまでも帰って来ないって連絡があって、学校にも来てないしでさ、俺、どんだけどやされたと思ってんの?」
反省しろよなと篠田先生が私にペチンとデコピンします。アウッと額を抑えました。
「……すみません」
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