第五章 「母神殺し」

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 店の換気扇は動いていない。店の空気が漏れていたとしても、ほんの少量だろう。店の前を笑いながら通り過ぎ、話していた二人組の会話から、この店のカレーは絶品だと知っても「今」それを作っているなど、相当な嗅覚の持ち主でないと不可能である。 「お前……鼻が異常に効くんだな……」  鈴は少し笑いながら言った。その手には、大きめの刃物が握られていた。 「お願いします。一杯分でいいんです。それを頂ければ、直ぐに去ります。ですから、そんな物騒なモノは仕舞って下さい。ただ、助けて欲しいんです……」  男は先程より弱々しい声で、助けを求めてきたのだった。 「お前、眼も異常にいいのか? もしくは能力者なのか?」  鈴は更に低い声で言った。鈴は刃物を背中で、隠し持っていたのだ。鈴の表情に笑みは一切無かった。  その時、扉の向こうの影が二つに増えたのだった。初めにあった影より、大柄な影だ。 「本当にすみません」  後から現れた大柄な人物の方から、声が聞こえた。 「足が悪い私の為、彼にこんな行動に出させてしまった。それに、彼は口下手です。当然ですが、妙に感じたでしょう。彼共々、謝罪します。ただ、丸二日何も食べていないのは、本当です。私は、普通ではありません。あと私には、刻があまり残されていません。あの謎を解かない限り、私の命は終りを告げる。でも今は純粋に、食事がしたい。それだけなのです。どうか、少しでいいのでカレーを分けて下さい。それが済んだら、退散します」
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