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がたがたがた。
ぎしぎしぎしぎしぎし。
「煩いっ!」
思わず俺は、飲んでいたスコッチの入ったグラスを壁に叩き付けた。
きゃん!
悲鳴の様な音を立て、グラスが砕ける。
「はぁ・・・はぁ・・・」
風の音に、八つ当たりしても仕方ない。
それは、分かってる。
だけど。
どうしても。
こんな嵐の夜は。
思い出すんだ。
思い出してしまうんだ。
朱美は、なかなかの女だった。
まるで、名前に合わせるように。
朱いルージュを好んだ、ぽってりとした唇。
朱く輝いているような、悪戯な眼差し。
朱のドレスを好んだ、豊満な身体。
そして。
色に例えるのなら、朱く染まったような、声色で。
左頬に手を添える仕種を付けて。
お決まりの口癖は。
”ねぇ、信じる?”
「忘れろっ!」
抱えた頭が、重い。
酔っている所為ばかりでは、無い。
忘れたいと。
思えば思う程。
闇の中から。
更に濃い色を纏って。
浮かび上がってしまうんだ。
そう。
いい女だった。
出世の足掛かりになる。
上司の娘との縁談が纏まっても。
断ちがたくて。
ずるずると関係を続ける程に。
”聞いたわよ。”
やがて。
風の噂ででも耳にしたのか。
”ご結婚が、決まったそうね。”
朱美は。
ベッドの上。
”私が、おめでとうございます、なんて、言うと思う?”
燃える朱の瞳で。
”逃がさない。”
炎の様な朱の声で。
”ねぇ。運命の朱い糸で結ばれているのが。”
焼け焦がす朱の抱擁で。
”・・・私、と言ったら・・・”
朱美は腕を解かない。
俺は。
俺は。
”信じ・・・”
朱美は最後まで、言葉を紡げなかった。
「・・・」
朱美の首の感触が未だ残る手を、見詰めている自分に気付く。
あの翌日は、嵐だった。
今も行方不明扱いの。
朱美を山に埋めに行った・・・
「忘れろっ!」
「・・・パパ?」
「・・・美香。」
「どうしたの?パパ。」
ドアから、美香が覗く。
妻との間の、可愛い娘。
今の俺の、一番の宝・・・
「早く御休み。」
「パパ。」
「何でも無い。心配いらな・・・」
美香は。
左頬に。
手を添えて。
朱い眼差しで。
「ねぇ。生まれ変わり、って信じる?」
と。
言った。
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