2.夜

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がたがたがた。 ぎしぎしぎしぎしぎし。 「煩いっ!」 思わず俺は、飲んでいたスコッチの入ったグラスを壁に叩き付けた。 きゃん! 悲鳴の様な音を立て、グラスが砕ける。 「はぁ・・・はぁ・・・」 風の音に、八つ当たりしても仕方ない。 それは、分かってる。 だけど。 どうしても。 こんな嵐の夜は。 思い出すんだ。 思い出してしまうんだ。 朱美は、なかなかの女だった。 まるで、名前に合わせるように。 朱いルージュを好んだ、ぽってりとした唇。 朱く輝いているような、悪戯な眼差し。 朱のドレスを好んだ、豊満な身体。 そして。 色に例えるのなら、朱く染まったような、声色で。 左頬に手を添える仕種を付けて。 お決まりの口癖は。 ”ねぇ、信じる?” 「忘れろっ!」 抱えた頭が、重い。 酔っている所為ばかりでは、無い。 忘れたいと。 思えば思う程。 闇の中から。 更に濃い色を纏って。 浮かび上がってしまうんだ。 そう。 いい女だった。 出世の足掛かりになる。 上司の娘との縁談が纏まっても。 断ちがたくて。 ずるずると関係を続ける程に。 ”聞いたわよ。” やがて。 風の噂ででも耳にしたのか。 ”ご結婚が、決まったそうね。” 朱美は。 ベッドの上。 ”私が、おめでとうございます、なんて、言うと思う?” 燃える朱の瞳で。 ”逃がさない。” 炎の様な朱の声で。 ”ねぇ。運命の朱い糸で結ばれているのが。” 焼け焦がす朱の抱擁で。 ”・・・私、と言ったら・・・” 朱美は腕を解かない。 俺は。 俺は。 ”信じ・・・” 朱美は最後まで、言葉を紡げなかった。 「・・・」 朱美の首の感触が未だ残る手を、見詰めている自分に気付く。 あの翌日は、嵐だった。 今も行方不明扱いの。 朱美を山に埋めに行った・・・ 「忘れろっ!」 「・・・パパ?」 「・・・美香。」 「どうしたの?パパ。」 ドアから、美香が覗く。 妻との間の、可愛い娘。 今の俺の、一番の宝・・・ 「早く御休み。」 「パパ。」 「何でも無い。心配いらな・・・」 美香は。 左頬に。 手を添えて。 朱い眼差しで。 「ねぇ。生まれ変わり、って信じる?」 と。 言った。
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