第1章

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          2  東京・日Nテレビ 午後21時00分  日Nテレビの控え室。  セシュルは本日3回目の、夜の歌番組収録のため楽屋に入っていた。  すでにメイクも衣装も着替え終わり、あとは出番を待つだけだ。30分はこの楽屋にいることになる。  普通のタレントならこの暇な時間、番組チェックをしたり誰かと雑談したり本を読んだりする。だがセシルにはスパイという本業の仕事があった。  今セシルは局内に仕掛けた盗聴器で局の様子を探っていた。盗聴器は昼の間に自分とマネージャーのマーガレット、JOLJUの三人で社長室、編成室、スタジオ裏といたるところに仕掛けてきた。それをマーガレットと分担し、異変や怪しい会話がないかチェックしている。一度に10カ所以上を同時に聞き分けるという超人的なことができるのは、天才音楽家という彼女の天才的な聴力と訓練された努力になって始めて可能なことだった。  もっとも、盗聴はパソコンやメールをハッキングすることに比べ非効率的なものだ。よほどターゲットを絞るか緊迫した状況下でないかぎり、そうそうタイミングよく聞けるものではない。事実二人ですでに一時間近く聞いているがこれといった情報はない。  全く異変がないわけではない。  一部の局の有力者たちが、島のことについて相談している。さらにそういう黒幕というべき人間以外でも、番組制作部のほうでは島と連絡が取れないことが問題になり部分的な混乱が起きていた。だがこの程度の情報はすでに過去の情報だ。現段階では取るに足らない。  ……もうテレビ局での情報収集に意味はないかもしれない……  そういう予感がなくもないが、作戦継続は上の命令で、現場諜報員のセシルに決定権はない。  そんな時だった。  同じ作業をしていたマーガレットが、反応した。 「何かありましたか」 「データー31を」  セシルは言われたとおりチャンネルを合わせた。そこは局の廊下に取り付けた盗聴器だ。そこで、一人の若い女の声と年配者らしい男の声を拾っていた。一人は重要監視対象になっている服部プロデューサーだった。  会話は明らかに島に関することだ。  セシルたちは服部の衣服に取り付けた盗聴器にチャンネルを切り替えた。  島の話……といっても企画側の話ではない。女は服部に「島と連絡がとれないのはどうしてか」というような事を服部に迫っていた。
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