第1章

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 チェン・ラウは法螺話や無駄話をする人間ではない。しかし紫ノ上島は米軍秘密研究基地ということはもうはっきりしているし彼の口ぶりからその事は知っているようだ。ラウの話はその筋とは別の、ユージにとって今、初めて聞く話だ。 「昔話をするためこんな時間にかけてきたんじゃないだろう?」 『ああ。だが君には悪いが、一応、一から説明しないと私はスッキリしない性質でね。まぁ少し付き合ってもらえるかな』  そういうとラウはゆっくりとした口調で語りだした。  その内容は、初耳ではあったが米国軍の資料では到底載せられない紫条家の秘密を知ることができた。  紫条家は、東南アジアの麻薬の産地、<ゴールデン・トライアングル>で収穫されたケシをヘロインに精製する工場であり、そのヘロインの大半は米軍に納められていた。ケシを生産、輸送していたのが中国系マフィアだった。そして紫条家は残った麻薬を売り、富を得ていた。  それは30年以上も前の話だ。  肝心な……驚くべき情報は、その紫条家の密輸を警察庁や海上保安庁や米軍がサポートしていたという事だ。ヘロインの販売網には当然日本国内も含まれている。でなければ香港から紫ノ上島へケシを運ぶことなど出来ない。逆もまた然りである。  米軍の協力は島の件を考えれば分かる。冷戦時CIAがアジアへの工作に資金やヘロインを利用した事も事実だ。だが日本の海上保安庁、警察庁が関わっていた。今回の事件でも日本政府は動いていない。  ラウは「今回の事件」とは一言も言っていない。だが、あえてユージ本人に電話してきたことから考えると、今回の事件も警察は関わっているのは確実だとラウは言外にユージに伝えている。 「佐山とかいう警部補は御存知ですか」 『公安の人だね』  やはり佐山は監視のため秘密裏に島に送られたのは間違いないようだ。 「後、何か面白い話はあります?」 『これは聞いた話だが…… 【イ06-10】という暗号が海上保安庁にあるそうだ。このコードが出れば特定の地域への立ち入りは出来なくなる。今、それの暗号コードが発動している、と聞いているよ』  ユージはラウの話の意味を考える。 時として裏社会の方が政府筋の秘密に鼻が利く。特にチェン・ラウは中国裏社会の法皇と呼ばれている男だ。日本の司法当局の動きはユージより詳しい。  ……日本警察当局は本件を知っているが動かない…… 
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