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「雪(きよ)、その鋏刀をとっておくれ」
言われて、雪は手元の台に置かれていた鋏刀を主に手渡した。
大路に近い右京にある、鬘屋の店先である。
貧しい民家の多い界隈で、貴族を相手にすることもあるこの店は、比較的まともな店構えをしていた。
雪、と呼ばれた十ばかりの子供は、性別を判じかねるほどに美麗な容姿の少年だった。
肩のあたりで切りそろえた漆黒の髪は艶やかで、切れ長の瞳は黒目の部分が大きく、濡れたように光る。ほっそりとした顎に、やや厚い唇。簡素な着物を着てはいるが、顔立ちが目立って優美に見える。
三十を超えるかという鬘屋の主は雪に笑いかけ、ありがとう、と告げると、作業に戻る。
その手前で立ち止まり、そうだ、と思い出したように雪に声をかけた。
「雪、今日はもうすることがないから、出かけて行ってかまわないよ。暗くなる前に戻っておいで。先日も一条通りで鬼が出たというのだから、決して遅れてはいけないからね」
いいね、と念を押されて、雪は頷いた。
主の背を見送ると、雪は急いで髪を束ね、容貌を隠すための薄布を被いて通りに出た。ようやく緑が萌えはじめた時期、夕刻までそれほど間がない。
雪がこの鬘屋に拾われて、二度目の春を迎えた。
主が、出家するために髪を切ったという婦人の髪を貰い受けるために、左京に上がった帰りであった。本来右京の住民が左京にあがるなど簡単には許されないが、彼は特別だった。とてもいい仕事をすると、評判の鬘屋で、左京にもその腕は知れ渡っていた。
鬘を作るために羅城門や朱雀門に放置された死体からその髪を抜き取るという、おぞましいことを平気で行う鬘屋が多い中、彼はごくまっとうな方法で髪を手に入れていた。
すべては陰陽寮に入っている知人の占いのおかげなのだが、それは誰も知ることはない。二人の間を繋いでいるのはただ一頭の蝶であり、文のひとつも交わされはしないのだ。
その知人が、先日気になることを言ってよこした。
『鬼に気をつけよ』
身に覚えはなかった。しかし陰陽師の言うことだ。注意するにこしたことはない。
だから先刻も雪に、早く戻るように言っておいた。日のあるうちは鬼は出ない。
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