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雪は、大路を南に下り、途中人目のないことを確認してから、無人のあばら家の屋根に飛び上がった。その姿は、とても子供の、人の跳躍する姿ではない。地面からほんのわずかに飛び上がるくらいの軽い力で、大人の背丈をゆうに超える屋根へと飛んだのだ。
このあたりの民家は土壌が悪く作物も育たず、人の影はほとんどない。まれに人影があっても、貧困に苦しむ彼らには屋根を見上げるほどの気力はなかった。
雪はそれを承知のうえで、民家の屋根を次々に飛び越え、あっという間に京の南の端に着いた。そこからは屋根を降りて東へ走り、羅城門を目指す。
晴れた日の日中だというのに、そのあたりは人っ子一人近寄らない場所だった。
まだ少し冷たい風が、雪の鼻に懐かしい匂いを運んでくる。
それは、羅城門に放置された死骸から漂う、腐臭であった。
人間であれば躊躇うどころか吐き気を催すその匂いに、雪は楽しげに笑う。
雪は、鬼であった。
生まれながらにして人を糧とする鬼であった。
初めて犠牲になったのは産みの母。胎内に雪を宿しているうちに、血液を搾り取られたかのように干からび、やせ衰えて、雪を孕んだままに死んだ。その死骸が羅城門に捨てられて、そこで雪は死体から生まれた。生まれたときにすでに牙が生え、髪が伸び、瞳は開いていた。
周囲には、糧。人のようには食事を必要としない彼は、時折運び込まれる餌を食らって育った。
そのまま幾度かの年を跨ぎ、雪は鬘屋の主に拾われた。
鬘屋の主は、言葉をしゃべらない美しい少年に名をつけた。春だというのに、雪の降る日であった。清らかな白い雪が、そこに死体があるとは思えないほどに清らかに、羅城門を包んでいった。
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