ライオンとハイエナ

6/6
前へ
/6ページ
次へ
綺麗な指先がコーヒーのカップを掴み、沙羅が立ち上がった。 「……沙羅!」 思わず立ち上がりかけた私の肩に、沙羅の手のひらが優しくのる。 サラリと、栗色の髪が頬に触れた。 沙羅が私の耳元に、唇を近付けた。 耳にかかる、小さな吐息。 少しくすぐったくて、柔らかな空気が動いた。 「意気地なし」 仄かに、ヴァーベナとコーヒーの香りがした。 「……痛……」 耳朶に、小さな痛みが走った。 顔を向けた瞬間に、紗羅は身体を離した。 一瞬だけ見えた、紗羅の微笑み。 揺れる髪にかき消される。 そのまま、後ろ姿を見せて去って行く。 ピンと伸びた背筋。 後ろ姿なのに、その美しさは際立っている。 「……痛いよ、沙羅」 噛まれた耳朶が熱を持ち始める。 私はそっとそこに触れながら、自分の中に生まれた別の熱を持て余す。 綺麗で、冷たくて、美しくて、残酷な紗羅。 もしもあなたに触れたなら。 あなたが振った男の子達みたいに、私もいつか捨てられるのかな。 だから私は、あなたに触れることができない。 サバンナの草原に身を隠して、ライオンの狩りを追いかけるハイエナみたいに。 私はあなたをそっと追いかけるしかない。 いつか、あなたに捕食される日を夢見て。 END
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

76人が本棚に入れています
本棚に追加