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肩をぐるぐると回している背中に恐る恐る声をかける。
「お疲れさまです。もう、フレームインしてもいいですか?」
うん、と頷いてから先輩は画材を片付けだした。乾いた雑巾でキャンバスを軽く拭いて、木炭の粉を拭う。私は、真っ赤になったじょうろを抱えて沢村さんが描いていた花の前をゆっくり通りすぎた。
生ぬるくなった水をゆっくりと、花壇の端から注いでいく。水に濡れた土が独特の香りを放って、のんびりと放課後を過ごすのも悪くないなと何となく思う。
「……花、好きなの?」
後ろから聞こえてきた沢村さんの低い声。
沢村さんは、いつもどこか脱力したような話し方をする。少し聞き間違えたらため息に聞こえるかもしれないけど、私はなぜか落ち着いた。うまく言えないけど、魔法にかかったみたいに、ぼんやりとした気分になって、いろいろ考えていたことを忘れてしまうような、そんな感じの声だ。
「嫌いではないです」
嘘はついてない。嫌いではないけど、好きでもない。小説を書く時間を作りつつ部活に入ろうと思ったら緩くて私の理想に合うのが園芸部しかなかったっていうのが本当のところだ。
「え? じゃあ水やりは?」
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