発症

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▼芽依side 本の世界っていうのはいいもので、小さくて身内に優しい海みたいな感じがする。本はいい。そんでもって、その世界が自分でも作ることができたら、もっといい。 手元の小さなメモを開いてぱらぱらとめくる。落ち着いてゆっくり見ないと読めないほどの小さな文字がびっしり書かれたそのノートは、私が世界を作るのには欠かせないものだ。ドン引きされるのが目に見えているから、誰かに見せることはできない。私の社会的な生存権を行使して、これまで親にも話さずこっそり続けてきた趣味なんだから、これからもじっくり温めていたいものだ。 そのメモの一番下に、『八月末』とだけ書かれたメモ。走り書きで汚いけど、これも私が書いたもの。次に出したい公募の締め切り日なんだけど、実のところは話はひとつも考えられていない。っていうか、高校に入学してふた月経ったか経っていないかでまだ高校生活にすらなじめてないから、正直小説どころじゃない。 でも、書くのをやめるのはいやだ。 「うーん……」 終礼が終わっても帰らずにこうして学校の敷地内をうろついているのも、ネタ探し、という私からすれば大真面目な理由がある。ただ、ネタになりそうなものっていうのは、探しているときにはどうでもいいように見えて、何気なく過ごしているときこそいろんなものに興味が出てくるからなあ。もう今回は見送ってしまうのもアリだってことは十分わかってはいる。でも、どうにも釈然としない。
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