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『頑張って落とすね、北野さん。俺、二年の沢村 泰司』
罰ゲームみたいな告白を受けてから一週間ぐらい経っているけど、あれから私は沢村さんを、校舎で一度も見ていない。廊下ですれ違いすらしなかった。なあにが「頑張って」なんだか。
いや、待てよ、もし先輩が本当に私に恋をしていたとして、これからもあの手この手でどうにか私にアタックしかけてくるとしたら、これはネタにする絶好のチャンスじゃない? 考えろ北野芽衣。恋愛小説が書けるならいい成長の機会だぞ。
「……」
さすがにないか。まず、いたずらで私をからかっただけなのかもしれないしね。あーあー、やめやめ。この話は没だ。
中庭の倉庫まで行きつくと、その中から大振りなじょうろを取り出して水を汲む。中庭の植物に水あげないくちゃいけないのは、小説のネタと関係なく、私が園芸部の部員だから。水やり当番っていうのがあって、今日の放課後の当番は私なんだよねえ。
広い花壇の回りを一周して、じょうろを地面に置く。何せとても重い。ホースでやれば早いのになって思うけど、土が荒れるらしいからそれはダメなんだと。肩にかけていたカバンを花壇のわきに置いて、水やりという重労働に向かう。
そもそも私が園芸部に入ったのも特に花が好きとかそういうものじゃなくて、活動の最低ラインが水やりだけっていうのに惹かれたから。体たらくとか言わないでよね。帰宅部はやめておこうって考えただけ褒めてほしいぐらいだ。
じょうろを担いで花壇に向かうと、すぐ近くから声がした。
「そこで止まって」
突然聞こえた声に、思わず足を止める。声のした方をゆっくり見ると、そこにはたくさんの画材をそばに並べてキャンバスを立てた、沢村さんがいた。
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