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「え、えっと……?」
反射的に足を止めてみたものの、どうすればいいのか分からなくて聞き返す。無味乾燥した瞳が、眠そうにこちらを向いた。好きな人に向ける目があれか。
「今、ちょうどそこの花三列描いてるとこ。フレームイン、禁止」
無表情のまま私の目をじっと見たまま話す沢村さん。色素の薄い、茶色の瞳に吸い込まれそうになる。
「……あ」
何かを思い付いたのか小さく呟いた沢村さんは、キャンバスを一度ちらりと見てから私の方に視線を戻して小さく首をかしげた。
「それとも、描いてあげようか?」
「嫌です」
何を言うかと思えば。即答で不愉快な旨を伝えて、じょうろを抱えてベンチに戻る。いつも表情が変わらないから冗談なのか本気なのか分からないな、この先輩。たっぷり水を含んだままのじょうろを地面に置く。
沢村さんは、多分描き終わるまで待ってくれない。水やりはスケッチの手が止まった後にしよう。帰るの遅くなるなあ。
夕方とは思えない明るい中庭のベンチに座ってぼんやりと、ななめ前でキャンバスに向かう先輩を見た。告白されたとはいえまだ話すのは二回目だから、全く知らなかった沢村さんのいろんな一面がちょっとずつ明らかになっていく。はー、と小さく息をついた。
沢村さん、美術部だったんだ。
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