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好きとか嫌いとか以前に、私は先輩のことを全く知らなかったなあと今更ながらに思う。もしこの人で小説を書くなら、もっとしっかり見ておかないと。
きれいな長い指が木炭を滑らせると、さらさらという音が静かに聞こえてきた。風が吹くと髪が流れてキャンバスを見つめている視界に入る。柔らかそうな猫っ毛をさらりと後ろにかきあげて、沢村さんの視線は花壇とキャンバスを何度も往復した。
……まつげ、長いな。
最初の告白のインパクトが強すぎるせいか、沢村さん自身をしっかり見ていなかったけど、改めて見てみるとすごくきれいな人、だと、思う。
透き通るようなベージュみたいな色の髪が、優しい春の風に撫でられてさらさら流れる。それをかきあげる左手と、木炭をゆるくつまんだ右手。なめらかな肌に、すっと通った鼻筋。普段はどこか眠そうにしている薄茶の瞳は、真剣さを纏ってまっすぐ私を見つめて……
「……あ」
みるみるうちに顔が熱くなる。
全然気づかなかった……。いつからこっちを見ていたんだろ。
「どうかした?」
木炭を踊らせる手を止めて、私をじっとみる琥珀色の目。視線があまりにもまっすぐで、目をそらすことができない。視線とは裏腹に声は、ぽつりぽつりとこぼれてなんだか不思議な気分になった。
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