夏はその日、終わった。

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視線は春日の頭上を通り越して、ベタベタと貼られた怪しい広告シールの間を彷徨っていた。 いかがわしい謳い文句とイラスト、蜘蛛の巣、虫の死骸、淀んだ空気と死にかけの電灯。 酷い場所だ。 この穢れた閉塞空間の中で唯一の良心が、小さな身体をよりいっそう縮めて震えていた。 「――寒いのか」 「いいえ……先輩が……答えてくださらないから」 質問の答えはNOだ。 嫌いなわけではない。 避けているのは嫌いだからではない。 だが上手く説明する術を、円佳は知らない。 恐る恐る触れた、春日の肩は想像以上に冷たかった。 びくりと強張った彼女を宥めるように「待ってろ」と一言、鞄を漁りタオルを出す。 「これで拭いて」 「駄目です。先輩こそ、濡れてらっしゃいます」 拒否する春日の髪に構わずにタオルを当てたが、タオルは瞬く間に水を吸って使い物にならなくなった。
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