744人が本棚に入れています
本棚に追加
◇
白黒の粗い画像の中で、小さな雪だるまみたいなものが動いている。
顔も表情ももちろんない、本当にただの雪だるまのシルエットが、ちらちらと画面の中を動き回っている。
美春の手の中で、スマホの画面の中で不思議なダンスをしているその雪だるま。
美春のお腹に宿ったばかりの、美春の赤ちゃん。
「親バカっていわれるってわかってんねんけど、もうすでにめちゃくちゃ可愛いと思えへん?」
美春はわたしに、スマホで撮影してきた動画を何度も再生して見せながら、何度も同じことを言っている。
「まだ顔もわからんやん。男か女かもわからんし」
わたしがそう笑うと、美春は真面目な顔で言った。
「いや、あたしにはもう顔が見えてんねん。とんでもない美少女やで、母親のあたしに似て」
「どこが顔なん。てか、なんでもう女って決めつけてんの」
「可愛いねんもん。あたしには顔、見えてる。あたしが見えてるんやから、あやにも見えるかと思ってんけどなぁ」
がっかりしたようにつぶやく美春。
顔は、たしかにわたしには見えないけれど、美春の赤ちゃんが本当にこの細いお腹の中にいるのだと思うと、幼なじみの腹さえ可愛いく、いとおしく見えてくるから不思議だ。
「見えるか!!でも、まあ、可愛いよな。赤ちゃん。新生児めちゃくちゃ可愛いで。3ヶ月の産休明けすぐの赤ちゃんとか、たまに0歳児クラスでみるねんけど、ほんっまに小さいしほんっまに可愛いもん」
「そっか、あやは新生児の世話もできるんやな。あたし、ほんま親友が保育士で良かったわ」
「完全にわたしに赤ちゃんの世話させる気でおるやん」
「当たり前やん!!あやがおるから、あたしはこの子、産もうって思えたんやもん」
「当たり前って、わたし仕事終わって帰ってきたらまた仕事するみたいになるやん……」
「スーパー仕事人やな、あや!!」
美春はきゃはは、と嬉しそうに笑っている。
だけど、わたしには美春がわざと、大袈裟に楽しそうにしている理由も解っている。
美春はまだ、健介に別れを切り出せていないのだ。
最初のコメントを投稿しよう!