通天閣が見下ろす街で

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「おはよう!けいたくん!」 「…うー」 「ん?けいたくん、どしたん?元気ないなぁ。なんかあったん?」 ゆのちゃんと同じ、三歳児クラスのけいたくんは、3月生まれで月齢が一番低く、体も小さめだ。言葉もまだ月齢の高い子どもには敵わないから、気持ちが伝わらずに涙を流してしまうことも多い。 「…こけたー」 小さな声でそう言って、泣きそうな顔で擦りむいた膝小僧を見せるけいたくん。これは大変だ。 「痛そうやなぁ。お薬ぬってバンドエードはろか。おいで」 「うん。はるー」 「バンドエードええなー!ゆのもはりたい!」 ゆのちゃんが、わたしの足にしがみつく。 「ゆのちゃんはあかんよ、ケガしてないもん」 「じゃあゆのもケガする!」 「あかーん!」 バンドエードは保育園で大人気。お昼ご飯のあとにお薬を飲む子どもはみんなに羨ましがられるヒーローだ。 「佐藤先生、すいません、けいたくんが膝擦りむいてるんでお願いしますー」 救急箱のある事務室にけいたくんを連れて行き、中を覗くと、ひよこ柄のエプロンをつけた丸顔の年配保育士が出迎える。ショートヘアのくるくるパーマはいかにも大阪のおばちゃんだ。 「はいよ、まかしとき。けいた君、おいでー」 佐藤先生は赤ん坊から生意気な五歳児までどんな子どももチョチョイのチョイの熟練保育士で、クラス担任を持ったりしないぶん、こういった処置をすべて引き受けてくれる。 「あ、あや先生」 けいたくんを任せ、園庭に戻ろうとしたところで佐藤先生に呼び止められて振り返る。 「なんですか?」 「あんた、最近、肥えたな」 けいたくんの膝を消毒しながら、佐藤先生は笑って言った。 「…え!ほんまですか?!」 「食生活偏ってるんちゃうかー?気いつけや」 バンドエイドを膝に貼りながら佐藤先生。けいたくんの膝をクルクルと撫で、何かを捕まえたように握りしめた右手を「いたいのいたいのいたいのとんでいけー」の呪文とともにパッと離した。
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