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御所の北方、相国寺塔頭。
白い狩衣の公卿はぼんやりと夢の続きを引きずっていた。
夢の中で舞を見ていた。天の岩屋戸に篭ったアマテラス引き出すために、女神が舞っていた。
(あの女神の名は何といったか……)
格子から朝日が差し込み、護摩の煙を白く照らす。
「……アメノウズメ?」
つぶやくと、燻っていた護摩の炎がごうっと燃え上がり、その中に羽織袴姿が浮かぶ。歳は十四、五歳だろうか。ひとつに結った髪が紺の絣の背中で揺れる。眉の下できっちり切られた前髪の下で、大きな瞳を朝日にまぶしく細めた。腰には古めかしい太刀を差している。
「……女神と同じ名をもつものか?」
安政の大獄で隠居永蟄居を命じられ二年。暇つぶしに調べ始めた密教、呪術、陰陽道の類は、寺の僧や御所の陰陽師より詳しくなってしまった。
昨晩は書庫の奥でほこりをかぶっていた怪しげな術の実験の途中で寝入ってしまっていた。
「モノサガシの術は、人の名であってもできるのか?しかし、同じ名など無数にあるものよのう」
炎の中のアメノウズメは花売りに道をたずね、本願寺の前を通り、五条大橋のほうへ右に折れた。
「宮様」
世話役の僧が朝餉を持って障子を開ける。
「また、密教僧の真似などなされて護摩焚きとは……」
板間にひもを張って結界を作り、護摩を焚き、真ん中では奇妙に炎が宙浮いている。
「そのようなことばかりされておりますから!妙な噂が立つのですぞ。誰彼を呪っているだの、悪霊が憑いているのだの……」
「大成功だ。古事記の女神と同じ名を持つ娘じゃ」
「女神ですか?」
宮の後ろからのぞきこむと、浪士が映っている。世話係りになりたてのころは、奇妙な術に度肝を抜いていたが、もう慣れっこになってしまっていた。
「かわいらしい娘であろう?」
「は?男ではないのですか?」
「やれやれ。これだから坊主は」
ふと炎がゆらいで娘の姿がかききえた。その後に闇が現れた。
闇にうごめくものが光に照らされ、ひとつ、またひとつと消えていく。
その光は青白くきらめく太刀となり、それを振るい狂ったように舞っているのは、夢の中の女神であった。
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