43人が本棚に入れています
本棚に追加
「ああ、やっと来たね。シイナは人気者だから。」
部室へ向かう廊下の途中で待っていた美知香(ミチカ)が、眼鏡の奥の目を細める。少し垂れ目の目尻がよけいに下がる。
「次期部長、体育館の話つけといたよ。東先生がなんとかしてくれるって。あと、来年度の活動費も安心しといて。」
「さっすが。」
私は廊下に人目がないのを確認して、美知香のネクタイを握る。息がかかるほど顔を近づけて、囁く。
「ねぇ、ご褒美は?」
鼻から抜ける甘い声。
唇を重ねながら、美知香のネクタイを抜きとって、シャツのボタンを上から三つ、外していく。
使われていない教材室は、図書室によく似た匂いが漂う。
午後の日に、埃がきらきら舞うのが見える。
校庭に面した窓から見えないように、カーテンの陰に美知香をおしつけて、柔らかい胸に頬をうずめる。
「シイナにも立派な胸があるのにさ。」
笑いながら、それでも美知香は私の髪を指で漉いてくれる。
「いいの。美知香のがいいの。水枕みたいで柔らかい。」
美知香が喉を鳴らして笑う。
そんなひそやかな笑い声が好き。
人に甘えるためには、どんな理屈をつけたらいいのだろう。
その解答だけは、いつもみつけられなかった。
だから、私は一つだけ、自分の人生に不条理を持ちこむことにした。
美知香と二人でいる時の私は、正しくない。
最初のコメントを投稿しよう!