アンチロヂック・ドラマシアター

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彼女との距離を詰めすぎてしまったのは、去年の配役発表の時だった。 「あのね、私にこんな感情的な悲劇のヒロインなんて、似合わないでしょ?」 脚本担当の美知香を呼び出して、文句を言った。 「そう?」 眼鏡の奥の、人のよさそうな目が、その日は鋭く透徹してみえた。 「そうかな? 私ね‥‥ずっと、泣けばいいのに、って思ってた。」 眼鏡を一度おしあげて、なにもかも見透かしたような目をして、美知香が笑った。 「シイナが入部してきた時から、この子を泣かせてみたい、って思ってた。 自分のために泣けばいいのに、って。 怖くはないでしょ? だって舞台は所詮『嘘』(フィクション)だもん。」 私はその時、自分が「演じること」に惹かれた理由を悟った。 美知香の作り出す劇の中でだけ、私は誰かの心を借りて、声をあげて泣くことができた。 かたちのない虚空に爪痕をつける、悲痛な慟哭。 ―――どうして、こんな息苦しい生き方しかできないの。 ―――全て正しかったはずなのに、どこで間違ってしまったの。
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