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「言いにくい話なんだがな」
有沢はタバコに火をつけた。
「有沢警部、面会室はすべて禁煙で……」
看守が腰を折って小声で話す。
有沢は眉根にシワを寄せ、
「あー。わかったわかった」
そう言うや、靴裏でタバコを揉み消した。
面会室でタバコなんて、そもそもだ。
刑務所に来ておいてつまり、確信犯で、有沢とはひと口で言い表すと、そういう男だ。
「お前、ここで臭い飯ぃ食って、何年になる?」
看守がチラチラと有沢の手元を見る。
「3年と2か月です、有沢さん」
「オレ以外に誰か訪ねてきたか?」
アクリル板の壁の向こうで、無精ひげをさすりながら、有沢は尋ねる。
「ここに来て最初の数か月は、春子が来てたんです。離婚届を預けて『もう来るな』って言ったらそれっきりで」
「薄情なもんだ」
「それより何ですか、『言いにくい話』って」
話を急かす。
有沢は一度、椅子を引いて背筋をのばした。
「その、別れたっていう女なんだがな」
有沢は短く刈った後頭部をゆっくりと撫で、しばし、黙った。
「春子がどうしたんですか?」
「飯島春子が、どうも、人を殺したらしい」
「えっ? 春子が? なんで?」
「『殺したらしい』と言ったよな?」
有沢の話はもっと慎重に聞く必要がある。
「春子は捕まったんですか?」
「捕まっちゃいない。そこで、お前を頼って来たんだが」
「残念ですが、お役には立てませんよ。信じろって言ってもムリでしょうが」
詐欺の常習犯で実刑に服しているボクが、自分の言葉を信じろというのは、我ながらおめでたい。
「お前の実刑は5年だろ? 模範囚ちゃんなら、そろそろ囚役軽減、シャバに出たっていいころだろう?」
「自分で言うのもヘンですが、けっこうな模範囚だと思いますよ」
重ね重ね、詐欺師の言葉としては噴飯物だ。
「まあいい」
有沢はフィルターだけになったタバコを噛みながら、看守をチラっと見て、
「そんなわけでお前さん、自由の身だ。外でオレが身元引受人として待っててやるからよ」
言うや、有沢は面会室を出ていった。
「さあ、立って」
コチラ側の看守がボクに起立を促し、出所の身支度をさせるべく、処遇管理棟へ連れていった。形ばかりの副所長の話があって、有沢の一言から1時間ほどで釈放された。
おかしな話だ。
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