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「じゃ、そろそろ行きましょうか」
赤くなった鼻を擦りながら、あたしに笑顔を向ける。
下げられた目尻に少し胸が暖かくなりながら、言葉なしに頷いた。
「ありがとうございました」
アパートの前の路肩に車を寄せ、ハザードランプを点滅させる須藤さん。
あたしは助手席のドアを押して、ゆっくりと降りた。
車の横に立つと助手席の窓が下にスライドして、そこから伺うようにに須藤さんが顔を覗かせる。
「こちらこそありがとうございました。
寒いので中、入って下さい」
「須藤さんも早く閉めて下さい」
「宇佐美さんが入ったのを確認したら閉めます」
食い下がる様子のない須藤さんに観念して、あたしは頭を軽く下げアパートへの階段へと向かった。
背中に視線を送られてると思うと、足や手に変な意識が行ってしまい思うように前に進めない。
階段を登りきり下を覗くと暗くて表情まで窺えないけれど、手が振られていて
それに小さく返すと早く入ってと言わんばかりに部屋を指差す。
はは、なんか本当の恋人みたいだな。
このやりとり。
苦笑いをして部屋のドアを開けるとハザードランプは点滅を止めて、ゆっくりと車は走り出す。
赤いランプが住宅街を照らして、あたしの胸まで突き通っていった。
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