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練習とはいえ、彼は手を抜かない。
懸命に弾いている。
懸命すぎて痛々しい程だ。
カプリスは超絶技巧だけど、リヒノフスキーの技術だと難なく弾けるはずなのだ。
それこそ「奇想曲」の意味のように、自由に弾けるはずだ。
苦しそうだな・・。
とにかく一曲目を弾き終えて彼は僕を見た。
何かアドバイスをして欲しいんだろうけど、彼の問題はテクニックではなく心にある。
プレッシャーに押し潰されてるんだな。
自分も聴衆が怖くなったことがあるから良くわかる。
今の彼はヴァイオリンを弾くのが楽しくない。
演奏会に出るのも相当無理してるのだろう。
僕が何も言わないのを見て彼は言った。
「ブラッキンさんの言いたいことはわかりますよ。奇想曲だしもっと自由に弾けってことですよね」
うーん。
「答えは分かってるんです。でもどうしてもチラシの文言とかが頭にちらついてしまうんです」
「チラシ?」
「演奏会の宣伝チラシですよ。゛歴史的名演゛とか色々と書かれてるわけですよ。それに評論家も僕のカプリスを誉めちぎってる」
「いつものことじゃないか」
好感度の高い彼は僕とは違い、これまでも絶賛の嵐の中にいた。
それでも彼は言う。
「どうしたら良いですか?僕はどうしたら・・」
重症だな・・。
かなりの難問に僕も頭を抱え込んだ。
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