5.さらに天敵

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練習とはいえ、彼は手を抜かない。 懸命に弾いている。 懸命すぎて痛々しい程だ。 カプリスは超絶技巧だけど、リヒノフスキーの技術だと難なく弾けるはずなのだ。 それこそ「奇想曲」の意味のように、自由に弾けるはずだ。 苦しそうだな・・。 とにかく一曲目を弾き終えて彼は僕を見た。 何かアドバイスをして欲しいんだろうけど、彼の問題はテクニックではなく心にある。 プレッシャーに押し潰されてるんだな。 自分も聴衆が怖くなったことがあるから良くわかる。 今の彼はヴァイオリンを弾くのが楽しくない。 演奏会に出るのも相当無理してるのだろう。 僕が何も言わないのを見て彼は言った。 「ブラッキンさんの言いたいことはわかりますよ。奇想曲だしもっと自由に弾けってことですよね」 うーん。 「答えは分かってるんです。でもどうしてもチラシの文言とかが頭にちらついてしまうんです」 「チラシ?」 「演奏会の宣伝チラシですよ。゛歴史的名演゛とか色々と書かれてるわけですよ。それに評論家も僕のカプリスを誉めちぎってる」 「いつものことじゃないか」 好感度の高い彼は僕とは違い、これまでも絶賛の嵐の中にいた。 それでも彼は言う。 「どうしたら良いですか?僕はどうしたら・・」 重症だな・・。 かなりの難問に僕も頭を抱え込んだ。
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