5.さらに天敵

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ところが、予想に反してアルの部屋にはチェロはなく、彼はリュックサックに何かを詰め込んでいた。 彼は僕に気づくと、ニコッと笑いリュックのジッパーを閉める。 「アル、赤ちゃんは見ないのかい?」 少し拍子抜けしたような、でも良かったと思いながら声をかけると、彼はさらにニコニコッと笑う。 「今から行くよ」 何だ、えらくご機嫌だな。 試しに聞いてみる。 「チェロ、出しっぱなしだったろ?」 「さあ。あんなのはいいんだ」 あんなの・・・ねえ・・。 彼はウキウキとリュックを背負い、赤ちゃんの部屋に向かう。 「何を入れたんだ?」 リュックの中身を尋ねると、彼はさらに嬉しそうに笑い、 「僕のコレクションだよ」 と言った。 「ジムんちに戻ったら見せてあげるね!」 この素直なことよ。 ちょっと気持ち悪いけど、悪いことではない。 ヤンヤヤンヤと楽しい時間が過ぎて僕たちは家に戻る。 ルドとはエレベーターで別れて、僕とアルは玄関をくぐった。 あれ、静かだな。 何だかシーンとしている。 子供たちは出掛けてるのか? 僕はスタスタと廊下を進み、リビングの扉を開けた。 「ただい・・」 リビングのソファーで、アヤとリヒノフスキーが仲良くお茶を飲んでいた。 しかも隣り合って座り、アヤは満面の笑み、そしてリヒノフスキーもスランプはどこへやら、ニコニコと幸せそうにしている。 は? 「子供たちは?君たち、二人だけ?」 「子供たちはテレーゼの所よ」 アヤは全く悪びれずに言った。 テレーゼとはルドの奥さん、そしてうちの子供たちのピアノの先生でもある。子供たちは発表会に向けて練習に行ってるのだ。 赤ちゃんパワーで薄れていた記憶が甦ってきた。 僕はムスッと言う。 「アヤ、君にはずいぶんと秘密が多いんだね!」 「秘密?」 「リヒノフスキー君とは随分と仲良しなようだし、それに・・」 「ブラッキンさん、妬かないでくださいよ~。確かに僕とアヤコさんは相性バッチリだけど」 リヒノフスキーがヘラヘラと言った。 「何が相性バッチリだ!何がウツだよ。すっかり治ってるじゃないか!」 「わー怖い、怖い。退散、退散~」 リヒノフスキーはオチャラケてリビングから出ていく。   お茶だけで妬く僕を完全にバカにしてるのだ。 「秘密が多いってどういうこと?」 アヤは僕にもコーヒーを持ってきて言う。 彼女も平然としてる。 「心当たり、ない?」 「・・・」 僕は言う。 「こういうのって仮面夫婦って言うんだよ」 「え、そんな」 少しうろたえた。 「正直に言ってよ」 「どの秘密のことだろ」 「はあ?いくつもあるのかい!」 「秘密と言うか、あなたは留守がちだから言えてないことも多いと思う」 「そういうのじゃなくて、意図的に隠してることだよ。僕が聞きたいけど、君が言いたくないこと!」 彼女の顔がこわばった。 アヤは僕が言いたいことに気付いたようだ。 そう、発表会があることと、そして君が弾くことを黙っていたことだ! 「ギャーーーッ!」 家中に悲鳴が轟いた。 アヤではない。 悲鳴の主はリヒノフスキーだ。
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