1464人が本棚に入れています
本棚に追加
ところが、予想に反してアルの部屋にはチェロはなく、彼はリュックサックに何かを詰め込んでいた。
彼は僕に気づくと、ニコッと笑いリュックのジッパーを閉める。
「アル、赤ちゃんは見ないのかい?」
少し拍子抜けしたような、でも良かったと思いながら声をかけると、彼はさらにニコニコッと笑う。
「今から行くよ」
何だ、えらくご機嫌だな。
試しに聞いてみる。
「チェロ、出しっぱなしだったろ?」
「さあ。あんなのはいいんだ」
あんなの・・・ねえ・・。
彼はウキウキとリュックを背負い、赤ちゃんの部屋に向かう。
「何を入れたんだ?」
リュックの中身を尋ねると、彼はさらに嬉しそうに笑い、
「僕のコレクションだよ」
と言った。
「ジムんちに戻ったら見せてあげるね!」
この素直なことよ。
ちょっと気持ち悪いけど、悪いことではない。
ヤンヤヤンヤと楽しい時間が過ぎて僕たちは家に戻る。
ルドとはエレベーターで別れて、僕とアルは玄関をくぐった。
あれ、静かだな。
何だかシーンとしている。
子供たちは出掛けてるのか?
僕はスタスタと廊下を進み、リビングの扉を開けた。
「ただい・・」
リビングのソファーで、アヤとリヒノフスキーが仲良くお茶を飲んでいた。
しかも隣り合って座り、アヤは満面の笑み、そしてリヒノフスキーもスランプはどこへやら、ニコニコと幸せそうにしている。
は?
「子供たちは?君たち、二人だけ?」
「子供たちはテレーゼの所よ」
アヤは全く悪びれずに言った。
テレーゼとはルドの奥さん、そしてうちの子供たちのピアノの先生でもある。子供たちは発表会に向けて練習に行ってるのだ。
赤ちゃんパワーで薄れていた記憶が甦ってきた。
僕はムスッと言う。
「アヤ、君にはずいぶんと秘密が多いんだね!」
「秘密?」
「リヒノフスキー君とは随分と仲良しなようだし、それに・・」
「ブラッキンさん、妬かないでくださいよ~。確かに僕とアヤコさんは相性バッチリだけど」
リヒノフスキーがヘラヘラと言った。
「何が相性バッチリだ!何がウツだよ。すっかり治ってるじゃないか!」
「わー怖い、怖い。退散、退散~」
リヒノフスキーはオチャラケてリビングから出ていく。
お茶だけで妬く僕を完全にバカにしてるのだ。
「秘密が多いってどういうこと?」
アヤは僕にもコーヒーを持ってきて言う。
彼女も平然としてる。
「心当たり、ない?」
「・・・」
僕は言う。
「こういうのって仮面夫婦って言うんだよ」
「え、そんな」
少しうろたえた。
「正直に言ってよ」
「どの秘密のことだろ」
「はあ?いくつもあるのかい!」
「秘密と言うか、あなたは留守がちだから言えてないことも多いと思う」
「そういうのじゃなくて、意図的に隠してることだよ。僕が聞きたいけど、君が言いたくないこと!」
彼女の顔がこわばった。
アヤは僕が言いたいことに気付いたようだ。
そう、発表会があることと、そして君が弾くことを黙っていたことだ!
「ギャーーーッ!」
家中に悲鳴が轟いた。
アヤではない。
悲鳴の主はリヒノフスキーだ。
最初のコメントを投稿しよう!