第1章

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 私は今、非常に困っている。  何時ものカフェの何時もの席、何時ものコーヒーを頼んで読書に勤しんでいた。何処のネットショップでも品切れで、色々な本屋を回って漸く手に入れた百合小説『ダイナマイトデストロイ~血に染まる百合~』だ。シリーズ待望の新刊である。期待に胸を膨らませ、開いてみたらこりゃ大変。予想以上の出来映えだった。上昇する体温、加速するページを捲る指先……そんな中、何を困っているかっていうと。 『アイスコーヒーが、来ない』  そう、沸き上がる熱を静める為のアイテムが一向に現れないのだ。どうなっている。これでは私が、公共の場で怪しい笑いを浮かべる変質者になってしまうではないか。 『なんて、他にお客も居ないし……良いんだけどね』  通報されなければ問題ない。しかし、流石にそろそろ喉が渇いてきた。席に座って、かれこれ三十分は経っている。腕時計をしていない私には、鞄に入れた携帯電話―所謂、ガラケー―が時計の代わり。そんな旧式は今、電池切れのガラクタだ。豆に時間を見る癖も無いので、三十分とは体感時間でしか無いのだが……。兎に角、涎を飲むのも飽きてきたので、姿の見えぬ店員に向けて声を掛ける事にした。
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