第1章

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 それは姫川が初めて聴いた『歌ってみた』で、栗山が初めて投稿した『歌ってみた』だった。  つまりその歌は二人にとって何よりも特別なもので、目には見えない大切な何かを二人の間に築いていた。  けれど姫川は、栗山が錦山ミライとして歌うその曲にいつも妬いていた。  その理由は、この曲に男女のパートが存在することにあった。  聴く度に、誰よりも大好きな栗山ミクが、錦山ミライというどこの誰かも知れない男に取られたような気がしてしまうのだ。  特に、曲の途中で語られるセリフが姫川にとっては曲者だった。 「オレ、ずっとオマエのことが好きだった」  そう、このセリフだ。  今まさに栗山が男の声で発したセリフだ。 「ワタシもだよ、ワタシも好きだった」  姫川はそれに精一杯に答える。心からの想いを乗せて。 「でも、今はもう好きじゃないんだ」 「うん、ワタシも今は好きじゃない」  そして走る二秒の緊張。  その間高まる心拍数。  震える唇を噛み締めて、その瞬間を待ち望む。  この世界が自分と彼女を中心に回っているようで、グルグルと目が回ってしまいそうだった。  そこでふと見た好きな人の顔。そしたら好きな人も自分の顔を見つめてて。  思わず発した二人の本音。 「大好きだよ」  …………  ……
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