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「どうもうまく事が運ばんが……」
絵一は屋上への階段を踏みながら、そう呟いた。
「そんなつもりはないのに……みイんな俺から離れていくが。
何もかもが、時計仕掛けのオレンジのように動いちょる……」
屋上に着いた絵一は、ポストから一枚のハガキを手にした。
その二時間後には、
小さな居酒屋に居て焼酎を呷っていた。
また入選かぁ……
俺が欲しいのは、入選じゃなか、その上の賞じゃけ!
「女将さん、焼酎のお代わりをばくれんね」
この居酒屋に客は絵一一人だけだ。幾ら経っても客は入って来なかった。
「はい、お湯割りの焼酎。
絵イちゃんの言う通り。
この時季はね、こんな居酒屋は閑古鳥なのよ」
「やっぱ、ボーナスが出たからか?」
女将は身を乗り出して話を継いだ。
「そうなんだよ、絵イちゃん。
懐が温かいうちは、こんな居酒屋には足が遠退くンだよ。ご時勢さ」
時勢と言う女将の言葉が、絵一をちょっと孤独に浸らせた。
言うことに事欠いて、やってることがみイんな半端じゃ……俺は。
志津子さんにも…画一にも…真弓にも…そして絵までもじゃ………。
「絵イちゃん、なに不景気な顔して飲んでんのよ」
絵一はゆっくりと、その不景気な顔を擡(もた)げた。
「女将さん、世の中は中々思い通りには行かんがですよ……」
「ついに、強気の絵描きの絵イちゃんも、
この世の石に躓(つまず)いたわけね。アハハ」
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