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会場がシンッと静まり返り、全員の目と耳が、ピアノの前に座る卓人に集中する。
鍵盤に指が触れ、次の瞬間には、力強い音が、会場に響き渡った。
激しく連打される、不協和音。
「熱情…第三楽章」
ベートーヴェン。
ピアノソナタ第23番『熱情』ヘ短調作品57。
ベートーヴェンの作曲した23番目の番号付きピアノソナタ。
第8番『悲愴』、第14番『月光』と並んで、ベートーヴェンの三大ピアノソナタと呼ばれている。
燃えるような激しい感情と寸分の隙もない音楽的構成の一致から、ベートーヴェン中期の最高傑作のひとつとして有名だ。
十六分音符が休みなく動き続ける、難しい曲だ。
それを、卓人は悠々と弾きこなしている。
ピアノを弾く姿も、一分の隙もないほど綺麗で優雅だ。
コンクールで優勝したんだ。
それ位は、出来て当たり前だ。
知らず、握った拳に力が入るのを感じた。
留まる事なく疾走し、激しさを増していく音に、その場にいる全員が、集中し、そして卓人の奏でる音の世界に陶酔していくのが分かった。
そして、それらを感じて俺が思った事といえば、どうしようもない焦燥感と、決して埋まる事がないだろう虚無感だった。
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