序章

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一呼吸を置いて心を落ち着ける。先ほど見た投石器のアームのように、俺も全身をばねのようにして力を蓄える。自分の筋肉もみしみしと軋んでいるような錯覚を覚える。そこで一旦停止。一瞬の静寂が訪れる。いや、自分の鼓動と息遣い以外に何も聞こえなくなっただけかもしれない。 「突撃!」 そう叫び、自らの馬に蹴りを入れる。馬は扱いの悪さに抗議するかのように駆け出した。周りも俺に合わせ駆け出す。再び体がぐんと加速されるのがわかる。加速に負けないよう、体重を前にかけ頭を下げる。兜のガードをおろすと一気に視界が狭くなったが仕方ない。自分の呼吸する音が兜の中に響き、同時に湿った金属のにおいが鼻をつく。鼻血を出した時に嗅ぐ、あの匂いだ。 ガード越しに見える周りの景色が流れる。相手との距離はぐんぐんと縮まる。と同時に、城からはいくつもの放物線が飛び出した。弓隊の援護射撃。だが、相手の弓矢がこちらに届く頃には既に駆け抜けている筈だった。万一当たったとしても、余程当たり所が悪くない限りは全身を覆った鎧が弾いてくれる。 「遅い!」 先ほどは豆粒のようだった前方の歩兵隊があっという間に大きくなった。相手も全身鎧を身に着け、大型の盾で武装しているのが見える。 こちらの弓隊や歩兵隊の攻撃に耐えるには十分な装備。だが、俺たちならこいつらを蹴散らせる筈だ。 突撃ではじかれないよう、槍を脇に挟み全力で支える。しっかりと馬にしがみつく。重歩兵隊はいよいよ目の前に見えてきた。 相手とぶつかるまでの刹那の瞬間。相手が怯んだような態度を見せる。当然だろう、馬と人間合わせ自分たちの4、5倍の重さにもなる塊が恐ろしい勢いで突っ込んでくるのだ。言ってみれば、4、5歳の子供が大人と体当たりするようなものである。仮に槍の攻撃を盾で受け止めたとしてもただでは済まないことは、想像力を豊かにするまでもなく思い浮かべられる筈だった。 と、目の前の歩兵が背を向けて逃げ出す。生物としての生存本能が兵士としての闘志を上回ったのだ。だがそれは最悪のタイミングでの選択だった。 ―ごしゃっ。 手にずしん、という衝撃が走る。相手の背中に俺の持った槍が衝突する。相手の兵士は鎖帷子を着けていたようだが、そんなものは命を守るのに何の役にもたたなかった。
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