バレンタインSS 7 ハッピーバレンタイン

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 もう二人一緒になったから、声はこっちには届かなくて、何を話しているのかまではわからない。  彼がニコッと笑うと、勇将君が口を真一文字に結んで、難しい顔。  彼が一生懸命に何かを話すと、同じように一生懸命に耳を傾けて話を聞いてる。  彼が会話の途中で顔をあげると……慌ててそっぽを向いた。  そして、彼が手元で何か本を広げると……その本ではなく、本を広げている彼を見つめてた。  恐竜の話をしているのかな。  ティラサウルス、トリケラトプス、たくさんの恐竜のことを話しているのかもしれない。  あの子が、勇将君の好きな子、大事な子、なのかもしれない。  誰とか訊かなかったんだ。訊いてしまったら、飛び上がって逃げ出してしまいそうだったから。  男の子なのか、女の子なのかも、もちろん知らなかった。  ただ、とても大事な子なんだろうとだけ。 「がんばれ……」  今日はバレンタイン。あっちで、こっちで、そっちでも、甘い匂いと甘い気持ちを誰かがぎゅっと握ってる。  もちろんここでも。  その彼は勇将君の恐竜チョコレートに飛び上がって喜ぶと思う。だって、彼も甘い気持ちをぎゅっと握ってるよ。ほんわりと色づく、もう少し先に満開になるだろう桜の色をした淡くて優しい気持ちを。 「……」  照義、今夜は何時くらいになるんだっけ。朝寝坊したから訊くの忘れちゃった。  甘いのが得意じゃないから、カカオリッチなちょっとスパイシーチョコレートで作ったんだ。レンジでチンしてさ。割ると、ブラウン色をしたトロトロが滴り落ちる。  一緒に、デザートで食べようね。  ――言い忘れました。今日は定時で帰ります。  やた!  ―― 帰りを待ってるね。  そう返信をした。たっくさんのハートをぎゅうぎゅうに画面いっぱいに詰め込んで。 「あ、もう、ズルい」  返信は、ハートがひとつ。ただひとつ、画面越しに送られてきた。赤いハート。 「ねぇ、勇将クン、あの、今日さっ」  そこで電車が来てしまった。  今日さ、一緒に帰ろうよ。バレンタイン、女子が勇将クンをさらってしまう前に独り占めしとかないと、だから。  気のせい、かな。たしかに香ったんだけど。  今日はあっちこっちで甘くて美味しいチョコレートの良い香りがしている気がした。
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