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「まったく」
「て、て、て、照義」
息するの、忘れちゃう。髪! かき上げるの禁止。しかめっ面で見つめるのも禁止。眠そうな不機嫌顔で溜め息も禁止。じゃないと蕩けてしまう。
「可愛い人だ……」
「な! ななな、そんなわけない!」
「えぇ、そんなわけないほうがよかったです。本当に。まったく。どうしたらそんな可愛いままでいられるんですか。電車なんて乗せられない。もう少し抑えてください」
寝ぼけてるんじゃないだろうか。何をこの元執事は言い出したんだ。しかも、そんな吊り目の怖い顔で。ドキドキする。
「ほら、まだ寝る」
照義の不機嫌な顔に見惚れてしまう。
「おやすみ、達樹」
「!」
おやすみ、なんて眠れるわけないよ。
ぎゅっと懐に仕舞い込まれた。そしてそのまま背中から抱きかかえられて、うなじにキスをされる。甘いリップ音だけが早朝の部屋にわずかに響く。
ね? こんなのドキドキしすぎてさ、眠れるわけ……な……い。
結局寝ちゃったじゃないか。しかも、寝ぼすけだなんてさ。
でも! あれは照義のせいだと俺は思う。あんなの寝てしまう。好きな人の腕の中で、好きな人の寝息を聞きながら、起きてられるわけがない。極めつけは、うなじへのキス。そんなの寝てしまうに決ってる。だって、その数時間前にはトロトロのふにゃふにゃになるくらいに、エッチなことをされていたんだから。
そこで、また思い出しかけてしまう。
ここは駅だぞ。人がたくさんいて、いや、いなくても外でそんなことを考えてしまってはいけないわけで。脳内でセクシーボイスを発する照義は、急いで、引き出しに――。
「勇将クン! 待ってってば!」
ハッとした。
「早く来いよっ」
「待ってってばー」
勇将君だ。駅のホーム、反対側、短い髪がヤンチャな感じを印象付ける。
その勇将君の後ろを男の子が一生懸命に追いかけてた。走るから、ランドセルが左右に揺れるんだ。そのせいで、その子の走り方が危なかったらしい。ランドセルに走らされてるみたい。
だから、勇将君が白線より出そうな彼を心配そうに見守っていた。
ようやく追いついたその子は、はぁはぁと肩で息をしながら、膝に手を置いて、勇将君を見上げる。そして、勇将君は真っ赤になった。耳まで真っ赤にしながら、怒ったような、渋い顔。
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