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「照義、どこの部屋でもいいのか?」
「はい? 違いますよ。我々が住むのは三〇三号室です。よかったですね角部屋で」
まさか……まさかとは思うけど
この九つある扉のうち使えるのが一個だけなんて事は
ない……はず。
しかも角部屋っていうのは良い事なのか?
どうみてもただの端っこじゃないか。それにあんな小さい部屋に俺の荷物が全部入るとは思えないんだけど。
「達樹様、ほら行きますよ。まだ掃除があるんですから」
「掃除? 荷物は?」
「もう全部運びましたよ」
そんなはずはない。
まずこんな小さな車で運べるほど少量だったはずが……と振り返ったけれど、「ケイトラ」の荷台はもうすでに空っぽ。
たまに車で外に出掛けた時に見かける小さくこぢんまりと立ち並んだ家々、角部屋に掃除、つい昨日までなら別世界だった全てがあまりに身近に今はそこにあって、夢のようだけれど、じわじわとリアルさが増してくる。
そうだ……。
僕の部屋にあったもののほとんどは差し押さえられて、車に運んだのは身の回りの洋服くらいのものだった。あとの事は執事である照義が準備すると言っていたっけ。
「達樹様! 早く上がって来てください! 夕方には軽トラも返さないといけないんですから!」
「僕も働くの?」
「当たり前じゃないですか!」
どうやらあそこが三〇三号室らしい、見た事のあるスーツケース数個がその扉の前に並んでいる。そして掃除をしないといけないという事と、あの生まれ育った家には戻れないという事は、転寝から起きたばかりの僕でもわかってしまった。
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