4人が本棚に入れています
本棚に追加
そして、物語は動き出す
ーー自分は魚に似ていると思う。
彼は熱帯魚の水槽をながらそう思った。
大きな流れに飲み込まれて、少しずつ消耗しながら、それでも必死で呼吸するために口をパクパクさせている。そんな自分の姿が容易に想像できた。
ショッピングセンターの一角に彼はいた。目の前では売り物の熱帯魚が口をパクパクさせながら泳いでいる。その姿は何となく面白くて、悲しい。
本当なら、こんな所には来なかったーーさっきから繰り返す言葉だ。
ショッピングセンターなんて、一人では絶対行かない。
彼はデートの約束でこのショッピングセンターに来ていた。しかし相手はいない。約束の時間の10分前に「ごめんなんか具合わるい」というメッセがきらきらの装飾つきで送られてきた。
彼は知っていた。この相手はいつも気まぐれだということ。「具合わるい」は彼女が約束を破る時のいつもの言い訳の一つだった。たぶん、急に、出掛けるのが嫌になったのだろう。ケンカをしていたという彼氏と仲直りしたのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!