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「――おい、早宮(はやみや)」
「はい、なんですか?」
「月曜日の往診な。もう1件増えてもいいか?」
「……はい。午後いちなら、いいですよ。どちらですか?」
「加原さんのところなんだ。奥さんの都合が悪くなって、火曜日の予定と入れ替えてほしいそうだから、頼む」
「了解です」
――――柔道整復師の資格を取得して、専門学校の先輩が開業した、ここ『千葉整骨院』に勤務し始めて、半年が経った。
千葉整骨院は、浅草の浅草寺に近い、江戸通り沿いの小さなビルの2階にあり、つい最近寝たきりの患者さん宅へのリハビリの往診も始めたばかり。
少しでもお年寄りの方達のお役にたちたいという、私のわがままを先輩が叶えてくれた。
地元の私はともかく、実家が埼玉の先輩が、何故に浅草で開業? という私の疑問に、
「んー? 下町って、なんかイイじゃん。スカイツリーも眺め放題だしー」
と、かるーく答えてくれた千葉先輩。
いや院長、それでいいのか?
ま、美味しいお店も多いし、昔ながらの商売のお店は気兼ねなく入れる。
観光客は多いけど、それも魅力のひとつ。
確かに、イイところだ。それに――
「那智(なち)先生。16時予約の石川ひなちゃんがお見えですよー。少し早いから待っていてもらいますか?」
受付の宮下さんの呼びかけに応える。
「大丈夫です。すぐに行きますね」
「なっち先生! こんにちはー!」
ふわふわのツインテールを揺らして、ひなちゃんが元気に挨拶してくれる。
天使みたいって表現はこの子の為にあるんだろう。
「ひなちゃん、こんにちは。今日の調子はどう?」
「んー、力を入れると痛いかも。指とかも」
「そう。それじゃ、首からほぐしていこうか」
「なっち先生? 痛くしないでね?」
ひなちゃんが瞳をうるうるさせながら聞いてくる。
うっ! 可愛いっ!
ひなちゃんは小学5年生。
幼少の頃から習っているバイオリンの練習が原因で、首と右手の親指を痛めている。
「悪いところがあるんだから、治療は痛いわよ。ひなちゃんはバイオリンが好きなんでしょ? なら、先生と一緒にがんばろうね」
目線を合わせて、にっこり微笑みかける。
「うぅ……はぁーい」
上目づかいで、少し唇を尖らせて返事をしてくる、ひなちゃん。
天使を苛めてる気分になって、ほんとに胸が痛むけど、そうも言ってられない。
「さ、 始めるわよ」
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