目撃者

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 「例の噂……見たんだ、俺……」  文庫本を読んでいる後ろの席の友人に、そっと話しかける。  最近ずっと考えていた、言わなければならないことを、言おうとして。  「え、何?」  きょとん、とするも、一旦本を読むのをやめて顔を上げてくれた。  話を聴く姿勢だ。  所作の端々に育ちの良さが窺える。  俺は意識して表情を変えずに、口を開く。  「武道館の――物入で……」  「え? 何のこと?」  どうやら彼は、噂そのものを知らないらしい。  仕方の無いことだろう。  この噂をよく口にするのは、武道館を使っている生徒だ。  「知らないかな? 武道館の物入の、幽霊の話」  「ごめん、知らない」  にこ、と笑みを漏らす。  男にはあまり使いたくない表現だけど――優雅だな、と思った。
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