第1章

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先輩達の退部パーティーが終わった後、俺は荒ゐ先輩の家に連れてこられた。 今まで何度か来たことがあるが、今日は少し様子が違う。何だろう。と考えていると、荒ゐ先輩が、部屋に入っていろ、と言ったのでそれに従うことにした。 先輩の部屋は簡素で何処か落ち着かない。生活感が無い、とでもいうのか、兎に角無駄な物が何もない部屋だ。俺はベッドを背にして座り、先輩が来るのを待っていた。 そこで漸く違和感に気付く。 ──家族がいない。 先輩は確か両親、弟、先輩の四人で住んでいたはずだが、今日は見ていない。いつも遊びに来たときは母親か弟がいたのだが。 俺がそう思い至ったと同時にがちゃりとドアが開けられ、先輩が入ってきた。両手でお盆を持っている。その上には皿に入ったお菓子とグラスに並々と注がれたオレンジジュースが乗っていた。 「あ、先輩」 お盆は目の前の小さなテーブルに置かれ、先輩は俺の隣に座ってきた。 「ほらよ、岩橋。お前オレンジジュース好きだったよな?」 「はい、好きです。ありがとうございます」 先輩が目で飲めと合図してきたので遠慮なく飲む。喉が乾いていたのか、一気に半分ほど飲み干してしまった。 「先輩、今日家族の方いないんですか?弟さんも?」 「んん…?ああ、両親は旅行、弟の奴は友達んちに泊まるだとよ」 どこか、妙だった。何がとは言えないが、俺の本能がおかしいと警鐘を鳴らしていた。 だが先輩の手前それを表に出すわけにもいかず、俺は素知らぬ振りをした。 「そうなんですか…先輩の家で二人っきりなんて初めてっすね」 びくり、と先輩の肩が動いた。 俺は先輩の予想外の動きについ押し黙ってしまった。 ただ、沈黙を恐れての発言だった。なんて事無い、軽口。冗談。日常の会話、掛け合いだ。そのつもりだった。 だが俺が思っていたよりもそれは確かに力を持っていたようで。 ぎしり、と音がするのではないかと思うくらいぎこちなく先輩はこちらに顔を向けた。その目は虚ろにも見えたが、何かに耐えているようにも見えた。 「先輩?」 不安になったのでもう一度顔をのぞき込むようにして呼びかける。 先輩はびくりと仰け反ると、暫く視線をさまよわせた後俺の目をまっすぐに射抜いた。 「岩橋」 ──ごめん。 先輩はそう小さく呟くと俺を後ろのベッドに押し倒した。
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