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――山の奥の深い森の中、
人に忘れ去られた小さな祠が
ある。崩れ落ちた鳥居はかつ
て美しい紅色をしていたが、
今はその名残りすらない。
祠を守るように太い根を張
った大木は、新緑の森の中で
一本だけ、異様に咲き誇る満
開の桜の木であった。
神気を纏う桜の木は、仄か
に淡白い光を発し、清浄なる
空間を作り出している。
動物さえ近付かない聖域に、
童の泣き声が近付いてくる。
「う、うっ。父上ぇ~!兄上
ぇ~!千寿丸ぅ~!うわぁぁ」
盛大な声に森がざわついた。
童は流れる涙を着物の袂で
拭うが、涙は止めどなく溢れ
出る。
そうしてろくに前も見ずに
歩いていると、小さな石に躓
いて転んでしまった。
「うっ……うぇぇぇん!」
童は気付いていなかった。
転んだ拍子に飛び込んでしま
った聖域が、カミの寝床であ
ることに――
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