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童は白き獣を知っていた。
優しい母が夜毎に聞かせてく
れるお伽話――その中でも、
この山の主と語り継がれてい
る、白きカミの物語。童はそ
の物語が一番好きだった。
童は土で汚れた手で涙を拭
う。作法にならって膝を揃え
ると、白き獣を仰いで声をあ
げた――
「あ、あなた様はこの山に住
むと云われる、白きカミです
かっ」
鼓動が胸を打つ。拳を握り、
一文字に唇を噛んだ。
白き獣は眼を細めた。童を
値踏みするような鋭い視線を
投げかける。だが、動かない。
唸り声すらあげない。
もう直ぐ陽が暮れる。歩き
疲れた脚はもう動きそうにな
い。童には目の前の獣にすが
るしか、家に帰る方法がない
と必死だった。
白き獣はゆっくりとその頭
を上げる。頭部だけで童より
も大きい。
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