< 白き獣と迷い子 >

5/22
前へ
/298ページ
次へ
    童は白き獣を知っていた。  優しい母が夜毎に聞かせてく  れるお伽話――その中でも、  この山の主と語り継がれてい  る、白きカミの物語。童はそ  の物語が一番好きだった。   童は土で汚れた手で涙を拭  う。作法にならって膝を揃え  ると、白き獣を仰いで声をあ  げた――  「あ、あなた様はこの山に住  むと云われる、白きカミです  かっ」   鼓動が胸を打つ。拳を握り、  一文字に唇を噛んだ。   白き獣は眼を細めた。童を  値踏みするような鋭い視線を  投げかける。だが、動かない。  唸り声すらあげない。   もう直ぐ陽が暮れる。歩き  疲れた脚はもう動きそうにな  い。童には目の前の獣にすが  るしか、家に帰る方法がない  と必死だった。   白き獣はゆっくりとその頭  を上げる。頭部だけで童より  も大きい。
/298ページ

最初のコメントを投稿しよう!

470人が本棚に入れています
本棚に追加