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「美味いか?」
目の前の真桑瓜に夢中の幼子の耳には届いていないらしい。
そんな様子に目を細め、クスリと短く笑えば手に在る瓜を一切れ口に放る。
「はい!…ッング…美味しゅう……ムググ…」
「そんなに焦らんでも、瓜は逃げぬ…」
「ダメですッ!!瓜は逃げなくても、兄上に食べられてしまいますッ!!」
「……」
両手に瓜を持ち、口の周りをベタベタにしながら、酷く真剣な面持ちで睨み付けてくる姿は……最早、滑稽。
しかし、そんな間抜けな姿も自分が持ってきた瓜を喜んでくれてるからこそ。
そんな幼子が可愛らしくて仕方無い兄…信長は、だらしなく緩んだ表情のまま、妹…市の頭を撫でてやる。
「フッ…俺はコレだけで良い。」
「兄上…?」
「この真桑瓜は、市に持ってきた物だ。好きなだけ食って良いから、もっとゆっくり味わえ。」
「はいッ!!…では、ぜーんぶ市の物ですからね。」
瓜の乗った皿を抱え、ニコリと笑う市に呆れた様に答えるが、その顔は依然として緩んだまま…
「あぁ…」
後で腹を壊さねば良いが…
そんな余計な事を考えてしまう自分すらも面白かった……
それは遠い夏の日…
まだ、兄妹が戦国の柵(シガラミ)に囚われていなかった穏やかな頃の記憶……
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