猫の手鏡

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 先生がきちんと閉めそこねたらしく、障子の向こうからだけでなく部屋の入り口から太陽の光が差し込んできている。そこの隙間から起きた時よりもだいぶ高くなっている太陽が見えた。 「ずっとあったものが変わるのってやっぱり抵抗があるんだと思う。今の幕府が始まって二百年以上。その前も、その前も武士が仕切っていく社会やったよ。その前はあたしもよく知れへん。先生が言うには貴族とか天皇様が仕切っとった時代もあったとか。  でも、人間たちは変われへんといけへんよ。この国ごとなくなってしまうのが嫌なら、な。新しいものと関わるってことは変わらなきゃならへんってことなのかもしれへんね」  ふああ、とあくびをしながら夢さんはそんなことを言う。最後のほうはほとんど聞こえるか聞こえないかくらいの声で、そちらを確認すれば壁に背中を預けてうとうとしているのが見えた。不自然なほどに白い髪が顔を隠していてその瞳が開いているのかもわからない。けれど、何回か首を揺らした後はっとしたように体勢を立て直すあたり、起きてはいるらしい。 これ以上難しい話を聞くのは無理だろう。とはいっても客人を一人放置しておくわけにもいかず、先生が写していた本を開いたり閉じたりしてみる。退屈。今までそんなことほとんど考えたことはなかったけど。退屈だった。 「そう言えば、夢さんとか先生は何で人の姿をしてるんだ? 妖、なんだろ? そんな感じあんまりしないんだけど」 本を捲りながらそんな質問を投げかけてみる。ああ、それ……とのんびりとした声が返って来てこちらまで眠くなってくる。最近は昼間なら大分暖かいってのもあるんだろうけど。 「たいした理由じゃあらへんよ。簡単にいっちゃうと楽だったから、かな。共同生活をするとき、おんなし生き物の姿してた方が楽なの。あと、ここは入り口に近いから君みたいにさ、紛れ込んでくる人間がいるの。さかいに、街も姿も人間に合わせてる。例外もいるけど。 かて、まあ、あたしは別の理由もあると思うよ」
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