猫の手鏡

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side:紅葉 時はわずかに遡り、狐が少年と争っていた頃。紅葉くれはは一人、途方にくれていた。 いつのまにか鈴の音は聞こえなくなっていた。小道のようなところをたどってはいるが、自分が上に向かっているのか下に向かっているのか、はたまた山の回りをぐるぐると回る道にでも入り込んだのか。それすらさっぱりわからない。道も別れていたり、ぱっと見た感じでは岩で道を塞がれているのに回り込んでみれば続いていたり。まるで迷わせるために作られたように複雑化している。 疲れた……などと幾度もなく呟くが励ましも叱咤もない。 あの時でさえ……父は励ましてくれたのにな。 「お山にいこうか」 聞こえるはずのない父の声が聞こえたような気がした。 彼らの価値観が親とかとは違うってくらいは理解したつもりだ。だから、妖にこんなことを求めるもんでもないんだろうけど捨てるくらいなら拾わなければいいのに。 不意に視界が開ける。川だった。小さな川。水源の辺りなのだろう。きれいな水が流れていて、所々の地面からは新たな流れが生まれている。手を浸けてみる。袖に水が染み込んでくるけれど、気にせずに。 ぴちゃぴちゃと冷たい水が跳ねて、水面にうつる俺の顔を歪めた。無駄に白くて、今にも泣きそう。そこだけ見たら女みたいだ。 「置いてくなよ……」 小さな声で呟いてみる。つい数ヵ月前に死にたいなんていっておきながらなんて我が儘なんだろう。 ぴちゃん、と大きめな水音がして、慌てて目を擦ろうと腕をあげる。視界の端に見覚えのある紺色があった。 「せん……せい?」 「置いていくつもりなんて無いんだけどねえ」 そう言って笑うと先生は先の方が白い綺麗な尻尾をふんわりと揺らす。半分だけ人で半分だけ獣のようなその姿を見たのは初めてであるのに、わりとすんなり受け入れられるもんだ。 「でも、置いていったじゃないか」 「置いていくな、なんてつい先程まで言われなかったものだから」 小声でこぼしたはずの愚痴をきっちり拾い上げたあと、すっと俺の腕を掴み、先生は勢いよく地を蹴る。視界が急に下へと降りていき、止まった時には空の上だ。真下に見えない地面があるのではと思うほどにしっかりと俺達は空に立っている。下を見ないようにとしていても多少震えているのか先生がこちらを見て笑った。 「じゃあ、夢さんのところへ参りましょうか」
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