猫の手鏡

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「まあ、そう焦りなさるな。他の二人に説明も要りますし……というわけで、紅葉くん。鬼というものをご存じでしょうか?」 「ええと、鬼って山奥とか地獄にいて、人をさらったりするやつだよな。力強くて、大きくて、あと角はえてる。退治されたって伝承もいくつか聞いたことあるけど」 先生に視線で促されるままに紅葉は元々僅かしかない知識を吐き出す。先生は紅葉がよくわからないでいるうちに、頷いて話を進めた。 「ええ、その鬼ですね。大柄で力の強いものが多い一族なのは事実。また、退治された者も少数ですが、存在します。ただ、彼らの本業は人さらいではなく、地獄の番です。死者を裁きの場まで運び、天へ送り届け、地獄の住人を指揮する。それをこなすため、彼らが一人前と認められるためにはいくらかの試験が課されるのです。 体力面は勿論、地獄にやって来た人間に毒されないような精神を培うことも必要です。地獄の住人たちに流されてしまっては番人などつとまりますまいってのが彼らの考え方なわけです」 「その試験のひとつがこれってこと?」 先生は頷いて、少年の方を指し示す。 「見たところ、人間姿の見た目は紅葉くんと代わりありません。ほぼ間違いなく、試験の最中でしょう。 あと、こちらは知り合いから聞いた話なのですが、試験があるのは百年に一度。月は如月。試験の中には人や妖の宝をひとつ持ち帰るというものがあるとか。まあ、詳細は要らないでしょう。大切そうなものだからこその手鏡盗みでしょうねえ」 妖というのは皆、長話が好きらしい。紅葉は一人、そんなことを思うのだった。 「で、結局なんなの?」 「鏡と交換して欲しいものがあります。代用には足りると思いますがいかがでしょう?」 先生が取り出したのは布にくるまれたもの、それを外して取り出したのは先生の家で見た木箱。蓋をずらすとさらに紙でくるまれたものが出てくる。 「笛、やね?」 笛。いくつもの竹管が並ぶそれを先生は少年に差し出す。街で見たあの太鼓に負けることのない程に古いもののようで、少年は恐る恐るそれに手を伸ばした。笛を両手で掲げるように持ち上げたり、方向を変え、描かれた金色の鳥の絵を眺めて目を細め、ほぅ……と息を吐き出す。楽器の価値も、少年の評価基準もわかるはずもない俺にも一目で気に入ったのだろうと判断できる。
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