猫の手鏡

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「とうでしょう」 「いいのか……?」 先生は勿論と頷いて少年に何事か耳打ちする。少年はわかったと頷いてこちらに視線を向けた。ような気がした。 「おい、猫。これ」 袂から出された鏡を夢さんが飛び付くように抱き抱えて、一言。 「あったかくなってる……」 とだけ呟くのがきこえた。ちらりと見えた鏡には自分達のいる此の空間に重なるように、慌ただしく走り回る人々がうつしだされていて、その中の一人と目があった。 「どうかしました? たいそうぼんやりして居るようだけど」 覗きこんできた先生の瞳と鏡の中の人物のそれはどこかにて居るように思える。何でもないと首を横に振り、鏡から視線をはずした。少年はというといつの間にか石の板の上に座っている。空を見上げる表情は夢さんとも水面や鏡の中の自分とも違う幼さがあるようだ。やっぱり子供は子供なんだななんて、人を見るときくらいは自分を棚にあげる。 「おしまい? 長居しない方がいいと思うけど。明日の朝には門が開く」 「ええ、……お願いしますね」 先生は空を見上げる。そして、また飛び上がる。当然かのように俺の腕を掴んだまま空へ。こんなことができるんなら最初からこれでくればよかったのに。 「鬼さん! 本当の宝物だと思うてくれてありがとう!」 背後に大きな声がして、すぐに夢さんも隣にいた。 心のそこから楽しそうに笑っている。 数分もたっただろうか。下降しはじめている先生から離れないようにと祈りながら降り立った先はいつも通りの先生の屋敷。何事もなかったかのように屋敷内に引っ込んでしまう先生と、歩きながら鏡を確かめる夢さんをみて、夢さんの方を追いかける。先生の話はまたあとで聞けばすむ。 「夢さん、その鏡ってさ……」 「ああ、なにか見えた? たまに過去とか未来とか教えてくれるんよ。あと、遠くのこととかな。これくれたお母さんは知らんかったみたいやけど。 昔、まだあたしに名前がなかった頃。鏡が欲しかったあたしにお母さんがくれたんよ。 鏡には個性があるってのはお母さんのいっていたことなんだけどな。これは、物知りな鏡ってとこかな」 じゃあ、と話を勝手に打ち切って夢さんは走り出ていく。長い白髪があっという間に遠ざかって、消えた。 第一章 猫の手鏡/鬼の試練
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