狸の昔ばなし

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「おーい!休憩するらしいから止まってっていったん聞いとった?」 「またなの……早くない?」 振り返ると狸とあいつはのんびりと談笑しながら歩いているようである。急ぐという言葉を知らないのだろうか。しかも、こんなことを言い出すから悪いと思っちゃいないらしい。 「まあまあ、ゆっくりの方がいいよ。それを見込んであいつは送り出しているわけだからね。狐の村は余所者をあまり好かないし……直前につくくらいがいいんだよ。ほら、桐花くんは分かるだろうけどあの通りには狐など彼くらいだろう? それは彼らが内向的な種族だからなんだよ。人だけでなく、他のあらゆる種族と距離のある付き合いをしているね。あいつは変わり種だったようだけれど」 先生は大まかに分けるとすれば妖狐に分類される。これは、ずいぶん前に先生自身から聞いた。隠してもいないのに街の人が狐と呼びもしなければ本名……とでもいえばいいだろうか。個体を判別出来る呼び名でもなく『先生』と呼ぶのにはあの狐らしくなさが根本にあるように思う。 「先生のよくわからない、というか……不思議な感じがするのは狐らしいって俺は思うんだけど。あの人、ではなくてあの妖って変わってるのか?」 「確かに、典型的な人間のイメージするそれとは大きくは違わんかもしれへんね。けど、そもそも妖が人型をしていたり、人と関わろ思う時点で異端やからね。ここ百年くらいはそうでもないけど、あたしが生まれるずっと前から先生はああらしいしなあ。人の世界に語り伝えられる狐というのがそもそもこっちでは珍しいとでもいえばわかりやすいんかな?」 布をひいて腰を下ろした狸と、その背中にもたれかかるようにしている猫もどうみても休憩する気満々で、仕方なく私も道端の岩に腰かける。先生がここにいない以上、進むか休むかの決定はあいつが下しているようなもの。のんびりいってほしい先生と急ぎたい私、他の人に任せるだけの狸と猫。この四人をまとめるとどうでもいいという結論になってしまうのだ。残りの票はあいつ。この場にいない先生が絶対に意見を曲げられない以上、あいつを説得する以外に急ぐ術は無いらしかった。
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