狸の昔ばなし

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「先生について知りたいなら一つ話をしようか。ずっと昔の話。まだ僕が生まれていなかった頃の話。といっても一千年も前ではないから長老たちなら知っている人もいるかもしれない。そんな物語だ。 当時の都は京にあって、その京の都の隅、庶民の住まうようなあたりに小さなお社があった。誰がまつられたお社なのかもわからないけれど、ことあるごとに近くにすむ人々はそこでお祈りしたそうだよ。神様今日も我らをお守りくださいってね。地域の守り神のようなものだったのかもしれないな。 そんなお社にある時小さな子供がいた。近所は皆知り合い同士。なのにその子のことは誰も知らない。家を聞いても曖昧な答えしか返さないし、言葉も歳のわりには話さない子だったけれど、人々は親切だった。丁度その時の天皇があまり政治に厳しくなかったこともあってね。わりと豊かな時期だったし。 あるよく晴れた日のこと。都に大火事が起きたんだ。誰かが故意に起こしたのか、天災なのか。人間の間では伝わっていないし、誰かの祟りだとかさんざん言われていたようだけど、それが記録に残るような大火であったのは間違いないだろうな。都中大騒ぎでね。普段は優雅に牛車使っていた貴族らだって、そろってわーわーと裸足で逃げた。町の人は町の人で周囲の建物壊したり、女子供ら逃がしたりと必死で働いた。けれどもね、火は都の隅にまで押し寄せ先程の地域にもやって来たんだ。 けどね、そこで急に雨が降ったというのさ。晴れているってのにだよ。雲一つなく太陽が、光をあたり一面に注いでたというのに。雨はその地区一帯に降り注いだ。そして、社にいた子供は姿を消していた。 これが先生について最初に残された記録。それもごくごく幼い頃だ。僕は先生にとっての人間ってすごく身近で素敵な存在だったように思うよ。 一度なぜ人の姿をしているのかと聞いたら、憧れるからだというようなことをいっていたし……まあ、それだけではないように思うけれど」
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